東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1801号 判決 1955年1月22日
控訴人 韓慶愈 外六名
被控訴人 国
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人等の負担とする。
事実
控訴人等代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人等に対し、それぞれ金三万円およびこれに対する昭和二十六年十一月二十日以降完済にいたるまで、年五分の割合による金員を附加して支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方事実上の陳述および証拠に関する関係は、控訴人等代理人において、<立証省略>したほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
理由
控訴人中国留日自然科学協会が控訴人等主張のような団体で東京都文京区小石川町一丁目一番地中華民国学友会館内に事務所を置き、その他の控訴人等が中国人であつて同じく右会館内に居住していたところ、梁仁豪外数名の関税法違反被疑事件につき東京簡易裁判所裁判官岩田省三の発付した捜索差押許可状(以下令状という)にもとずき、昭和二十六年十一月二十日午前七時頃警視庁警察員を主力とする正私服警察職員、国家地方警察警察員、海上保安庁職員、福岡地方検察庁小倉支部職員等約二百名が前記会館にいたり一部は会館の周囲を包囲し、一部は会館内に立ちいり、控訴人等の居室および事務所の捜索をなし控訴人兪誠智を除く控訴人等の書類帳簿を押収した事実は、当事者間争いがないところである。控訴人等は前記梁仁豪外数名はその後起訴せられたのであるが、その公訴事実の要旨は右梁仁豪等が宮城忠雄等と共謀の上政府の免許を受けないで日本内地から中華民国太沽方面に機械類を密輸出しようと企て、昭和二十六年九月三十日午前十時頃大阪市市場の岸壁において中華民国向けの機帆船第二豊漁丸に絶縁線二十巻外二十四品目の貨物を船積し、もつて密輸出を遂げたものであるというのであるが控訴人等は右公訴事実に何等関係がないにも拘らず右令状が発付せられたものであつて、右令状は不法不当のものであり、かつ右令状発付に関係した国家公務員は故意又は過失の責任があるから、被控訴人国は控訴人等に対し損害賠償をなすべき義務があると主張するをもつて、この点につき審査するに、
成立に争いのない乙第二号証の一、二同第三乃至第十号証、同第十一号証の一乃至三、同第十二号証の一、二同第十三号証の一乃至五、同第十四号証の一乃至三、同第十五乃至第十七号証の各一、二同第十八、十九号証ならびに原審証人富田康次、岩田省三、野村善兵衛、三谷雅司、小島義夫および当審証人野村喜兵衛、鈴木光一の各証言を綜合すれば、昭和二十六年十月初頃国家地方警察本部では機帆船第二豊漁丸が同月三日関門海峡を経て中華民国太活方面に機械類を密輸出しようとしているとの情報を得たのでこれを門司税関および門司海上保安部に連絡し、右日時関門海峡において、門司税関および門司保安部の手により船長以下の乗組員および乗船者の梁仁豪、許柳村等を検挙し、これを取調べたところ、その密輸物件は帯鋼、精密機械等のいわゆる戦略物資でかつその価格も金五百三十万円以上の巨額に達し右梁仁豪および許柳村の両名はいずれも中国の在日留学生であり、他人名義の船員手帳を所持乗船したのみならず、当時和歌山事件、三角事件と称する留日中華学生を中心として企てられて大規模の密輸事件があつたので国家警察本部当局においては右梁仁豪の右密輸事件も背後関係を持つ大組織の犯罪ではないかと考えたのであるが、右梁仁豪の供述によれば同人は昭和二十四年三月頃より約一年間前記会館内に止宿した事実があり、かつまた前記情報の提供者から前記会館内に事件関係者が居住し事件の証拠となるべき資料が存在している旨の記載がある「中華学友会館三、四階見取図」(乙第二号証の二)という書面の提出があり、かつ右情報提供者の従来提供した情報は常に事実に符合していたのでその情報を信頼し、事件を担当していた福岡地方検察庁小倉支部検事野村喜兵衛に連絡し同検事また控訴人等の居室、事務所を捜索する必要ありと認め、その後同検事は東京地方検察庁検事富田康次に移牒し、同検事また野村検事と同一見解のもとに東京簡易裁判所に令状の発付を求め、前記乙第二号証の二を含む一件記録を同裁判所に提出し同裁判所裁判官岩田省三は福岡地方検察庁小倉支部検察事務官三谷雅司の説明をききつつ一件記録を閲覧し、慎重に考慮した上本件令状を発付した事実を認めうる。以上認定の事実によれば令状の請求発付に関与した国家公務員に故意なきこと自ら明かである。よつてこれらの者に過失の責任ありや否やにつき考えるに、我憲法第三十五条においては国民の住居および所持品の安全を保障するため、政治的勢力より独立し、かつ公正公平の地位にある裁判官の令状によるのでなければ捜索押収することができず捜索および押収は正当な理由にもとずくことを要する旨規定するとともに、刑事訴訟規則第百五十六条第三項において、「被疑者又は被告人以外の者の身体、物又は住所その他の場所についての捜索のための令状を請求するには差し押えるべき物の存在を認めるに足る状況があることを認めるべき資料を提供しなければならぬ。」と規定し、もつて第三者の住居等が不当に捜索せらるべきことを防止しているのであるが、犯罪の捜査は秘密を保ち且迅速にこれをなすことを要する関係上刑罰権の存否を終局的に確定することを目的とする公判手続とはその性質を異にし、右刑事訴訟規則第百五十六条第三項に規定する資料の如きも必ずしも書面たることを要せずまた書面による場合と雖も必ずしもその作成者の署名捺印あることを要するものに非ず、一応前記状況の存在を認めうる証拠あれば足るものと解すべきである。ひるがえつて本件令状発付の資料となつた前記乙第二号証の二によれば同号証には作成者の署名捺印がなくかつ前記証人小島義夫、当審証人野村喜兵衛の各証言によれば右乙第二号証の二の出所を明かにすることは犯罪の捜査に妨げありとの理由によりこれをしないことを窺いうるけれどもこの一事により前記状況を認めうる資料となることを妨げるものではない。しからば大規模のもとになされたと思料すべきこと前示のような本件犯罪につき前記各資料にもとずき控訴人等の住居、事務所を捜索すべき要ありと認め、本件令状の請求および発付に関与した各国家公務員には何等の過失がないものといわねばならぬ、従つて本件令状の請求および発付は違法ではない。
更に昭和二十六年十一月二十日附東京、毎日、朝日、読売の各新聞紙(夕刊紙)上に控訴人等主張のような本件捜索に関する記事が掲載せられ一般に頒布せられた事実は当事者間争いないところであるけれども、本件令状発付に関係した国家公務員においてこれを報道関係者に漏洩したとの事実についてはこれを認むべき証拠がないから、この点においても被控訴人にはその責任がない。
以上説明したように控訴人等の本訴請求は理由がないこと明かであるから、これを棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がない、よつて訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決した。
(裁判官 渡辺葆 牧野威夫 野本泰)